かずひろの野望 

高橋かずひろの公式ブログです。

かずひろの野望 

 自分で考えても何だかよく分からん人生を歩んできたと思っている。

 いろいろなことを始めるけど、だいたいの活動は一年も続けないで見切ってやめている。そのかわり始めるのも早い。

 たぶん一年後にこのブログを見返したら「何考えてんだ自分?」って思いながら読むであろう。

 

 それでもやりたい事や人生の目的は明確に分かってきたのでそろそろはっきりさせるために書いておく。 

 

 リーダーとして新しい生き方を開拓したい。

 

 以上。

 

 私自身、「新しい生き方」にはめちゃくちゃ興味がある。もっと興味があることは「新しい生き方」が当たり前にならない事である。

「新しい生き方」をしている人は存在している。しかし、珍しい人としてタレントのような形で収入を得ている人がほとんどだ。新しい生き方が普通になったらタレントとしての価値は減る。

 

「これからはデジタル社会になる」とか

「個人の価値をブランドにしていく時代だ」とか

「お金が民主化される」とか

グローバル化に備えてうんたらかんたら」とか

世の中変わるぞアピールがはいて捨てるほど存在している。

 

果たしてそれで世の中変化したか?

 

マイナスの方向にしか変化していない。これが事実だ。

 

 

 一部のうまくいった人を除いて、だいたいの若い人は「失敗したらどうしよう」という価値観で生きている。高校生の目指している職業の一番人気は公務員。これは公務員の仕事が特別いいわけではなくて、民間人に生きるパワーがなさすぎる事が原因だ。

 

 若い人が集まって雑誌を作る会に入っていた時もあるがメンバーは口をそろえて「自信がない」の連呼。政治家が自分の名前を連呼するペースで「自信がない」を連呼している。

 もちろん周りのおじさんたちが「最近の若い子はガッツがない、自信がない」と繰り返し直接若い人に話したり、「若者本」に書いたりする。もちろん新聞やテレビといったメディアの「若者論」もおじさんたちと「おじさんの都合の良い若者たち」で作っているから主張がみんな同じだ。

 

 「おじさんたちにとって都合の良い若者」を演じているうちに本当にそうなってしまった。

 

 閉塞社会の人間たちにとってのネタコンテンツとして「世の中変わるぞアピール」が存在するのだ。ネタコンテンツだからこそ使い捨ての芸人みたいに次々と新しいタイプの「世の中変わるぞアピール」が世に出てくる。はたしてそれで世の中変わったのだろうか?

 

 

 新しい生き方の開拓がうまくいかないのはなぜか?

 

それはリーダーがいないからだ。

 

 末端で動いてくれる人を集めるのは発信力によるけど簡単だ。一時的に人を集めることに成功している事例は多い。

 ブレーンになりたい人は少ないけどそれなりにいる。得意なことだけで貢献すればよいからだ。

 問題はリーダーをしてくれる人がいない事だ。世の中変えるぞプロジェクトのほとんどはリーダーいない問題で失敗している。いたとしても名誉職みたいな実権のないリーダーがいるだけか、合議制で誰がリーダーかわからないまま分解していくのが多い。

 

 ではリーダーの仕事とは結局何か?

 1、リーダーを名乗ること

 2、意思決定すること

 3、問題が起きた時に解決するために尽力すること

 

結局この三つだ。

 多くのプロジェクトでは1のリーダーを名乗る人物はいる。リーダーの肩書があると知名度が増えたり、何かと得するので名乗ろうとする人は多い。もともと知名度のある人をリーダーに持ってきて宣伝に使うことも多い。

 

 そして、意思決定の作業がうまくいかないで失敗する、ちょっとした問題が起きた時に誰が対処するかわからないままだらだら放置して、重症化させることも多い。

 

 そして「世の中変わるぞ祭り」になって終わる。はじめの勢いがなくなると後の祭りになる。

 

 もうたくさんだ。実行者が欲しい。

 

 私が今から実行者になる。

 

 プロジェクトがコケてきた現場もいっぱい見ているし、側近ぽいこともやっている。やる気も腐るほどある。

 

 これは目的で手段としては何かのコミュニティを作っているかもしれない。ビジネスで解決できる問題ならビジネスで解決するかもしれない。場合によっては社会運動や政治の力を使うかもしれない。

 

 いずれにせよ新しい世界に行く

 

 閉じこもっていられない。